著者プロフィール
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 楠木 建

一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。

DAY1 – サウスウェスト航空の戦略事例(前編)

戦略は「こうなるだろう」という未来予測ではありません。
「こうしよう」という未来への意思が戦略です。
だとしたら、「人間はイメージできないことは絶対に実行できない」という真実が重みをもってきます。

人間は誰しも考えられないことは決して実行に移せません。言われてみれば当たり前の話なのだが、 現実の経営では、この「当たり前のこと」がわりとないがしろにされているように思います。

当メールでは、優れたストーリー戦略で革新を起こした成功事例とそのしくみについて7日間のメールで解説できればと思います。

1日目は、サウスウェスト航空の戦略事例です。

サウスウェスト航空は、その優れた競争戦略で有名な企業です。これまでも数多くの競争戦略の教科書が、 理論やフレームワークを説明するために事例として同社を取り上げてきました。

サウスウェスト航空は、LCC(ローコストキャリア)の元祖というべき企業です。
1970年代の初頭にサウスウェスト航空から始まったLCCは90年代になるとまず米国で広まりました。 21世紀に入ってからはヨーロッパやアジアでも浸透し、日本でも「ピーチ」や「エアジア・ジャパン」など の就航が始まりました。
サウスウェスト航空の戦略は単に秀逸だっただけではない。結果的に航空業界に「LCC」という新しいカテゴリー をもたらすことになりました。サウスウェスト航空の戦略ストーリーは、言葉の性格な意味で、「戦略のイノベ ーション」でした。

LCCのイノベーションは、顧客の側からみれば「安価」という価値をもたらした。
しかし、価格を下げるだけであれば単なる意思決定の問題だ。やろうと思えばだれでもできる。
やろうと思えばだれでもできる。低価格を持続的に可能にするためには低コストの裏づけがなければならない。
文字通りの「低コストのキャリア」といってしまえばそれまでだが、その背景には入念につくられたサウス ウェスト航空の戦略ストーリーがあった。
サウスウェスト航空の戦略の全貌を説明しようとすると、それがよくできたストーリーであるだけに、 話が長くなる。
以下では思いっきり単純化して、戦略ストーリーの一番の本筋に当たる「ハブ&スポーク(拠点大都市経由) 方式を使わず、より小さな二次空港をつなぐ」という部分を見ておこう。

従来の航空会社は「ハブ&スポーク方式」で飛行機を飛ばしていた。
ところが、サウスウェストはハブ&スポーク方式に基づく運行は行わず、出発地と目的地の2点間を単純につなぐ 「ポイント・トゥー・ポイント路線」に特化した。
大都市のハブ空港は使わず、小都市のあまり混雑しない空港や、大都市の場合でも相対的に小さな「二次空港」に 乗り入れた。

この戦略的な選択は、それ自体が低コストを可能にする。空港のゲート使用料や着陸経費がハブ空港の半分から 3分の1で済むからだ。
しかし、それ以上に重要なのは、この「ハブ&スポーク方式を使わない」という要素が「15分ターン」という 別の要素とつながっているということだ。

サウスウェストの目標ターン時間はわずか15分。これは競合他社の平均の半分から3分の1という短さだった。
「ターン時間」とは、空港に着いた航空機は、ゲートに到着し、乗客が降り、再度飛び立つまでの待ち時間を意味 している。いうまでもなく、ターン時間(の短さ)は、航空業界でのコスト低減に重要な意味を持つ。
ターン時間が短いほど、設備や人や機体の稼働率が上がり、単位当たりのコストは下がる。

ハブ空港を使わなければ、ゲートへのタキシング(誘導路の走行)所有時間、ゲート時間を短縮できる。
しかも、ハブ&スポーク方式が前提としている他の便との乗り継ぎを必要としない。ハブ&スポーク方式であれば、 前の便が遅れた場合には乗り継ぎ客を待っていなければならない。
ところが、サウスウェストにはそもそも「乗り継ぎ」がない。こうした因果論理でもターン時間が短くなり、 コストが下がる。

サウスウェストの創造した戦略ストーリーはこれまでにないやり方でコストを下げるイノベーションだった。
そこにはハブ&スポーク方式を前提としないという非連続性があった。
このイノベーションは「できるかできないか」でなく、「思いつくかつかないか」の典型だ。とりたてて難しい 構成要素(たとえば、まったく新しい機体とか複雑なITシステム)に依存しているわけではない。

そうだとしたら、サウスウェストがなぜこのような戦略のイノベーションを実現できたのかということ以上に 重要な問いが浮かび上がってくる。

・・・続く

※当記事は「経営センスの論理」(著者:楠木建)より一部抜粋しております。

講師紹介メニュー