著者プロフィール
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 楠木 建

一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。

DAY2 – サウスウェスト航空の戦略事例(後編)

サウスウェストが登場する以前から、航空業界は長い歴史をもっていた。
にもかかわらず、サウスウェストがやり始めるまで、なぜこうしたイノベーションが現れなかったのか。
サウスウェストのやったことが、それまでの競合他社(LCCが一般化した現在でいう「レガシーキャリア」)に とって、あきらかに「非合理」なものとして考えられていたからだ、というのが著者の見解だ。サウスウエストの 戦略ストーリーをそれまで誰も思いつかなかったのは、それが他社にとっては「バカなこと」であり、むしろ 「やってはいけないこと」だったからだ。ビジネスは合理性を求める。非合理なことであれば、誰もやろうと しないのが合理的な成り行きだ。

「A(構成要素)がX(望ましい結果)をもたらす」という因果論理がその業界や周囲にいる第三者に広く定着 しているとしよう。同時に「BがXを阻害する」という信念が共有されていたとする。
このときにAは「合理的」で、Bはそれまでの「合理的戦略」をとる企業にとって、「認知された非合理」となる。
多くの会社がAを選択し、Bには忌避するべきこととして遠ざけられる。こうした状況で、ある会社がBという構成 要素を中核に据えた戦略ストーリーをつくる。これが戦略のイノベーションとして結実する。

サウスウェストによるLCCの戦略イノベーションは、まさにこうした成り行きで生まれたものだといえる。
上の例で言う「合理的」なAに当たるのがハブ&スポーク方式、Bに当たるのが小規模空港間の直行便だ。

ハブ&スポーク方式を使わないということは、国内便を運行する航空会社のとって、一見してきわめて非合理な 選択だった。
アメリカには中小都市が拡散しており、そこに航空サービスの需要が生まれる。
一つひとつは小さくても。合計すると大きな、マーケットとなる。
しかし、そうした中小都市のすべてに路線をめぐらせるとあまりにもコストが高くなる。
そこで大手航空会社はハブ&スポーク方式を導入した。

ハブ&スポーク方式は国内線を運行する航空会社にとって良いことずくめだった。需要のそれほど大きくない 中小都市間の直行便を廃止し、中小空港(二次空港)からはすべてハブ空港に向かわせる。
短距離便をハブ空港に集めることによって、職員や機材をハブ空港に集約し、オペレーションを軽くすることができる。
ハブ空港につなぐだけで、世界中から集まってくる乗客を相手にすることができる。
搭乗率の向上が期待できる。

アメリカのいろいろなところに住んでいる乗客は、最寄の空港からまずはハブ空港に飛ぶので、そうした人々に 国内便を利用させることができる。
逆に、ハブ空港から飛び立つ短距離便は、そこに集まる大量の乗客をつかまえることができる。

ハブ空港を経由すれば、多様化する乗客の目的地にも効率的に対応することができる。

このように、ハブ&スポーク方式は、長距離国際便だけでなく、国内の短距離便にとってこそ合理的なシステム であった。しかも、競合他社がハブ&スポーク方式の合理性はますます大きくなる。
ハブ空港を使わないということは、そこにいる大量のお客さんをみすみす切り捨てるということになる。
まるで非合理な話だ。だからこそ、誰も思いつかなかった。

サウスウェストの戦略イノベーションから40年が経過し、LCCは世の中に定着した。
今となってはLCCも「ひとつの戦略カテゴリー」にすぎない。
航空業界は、そろそろ次の戦略イノベーションが求められる段階にある。

次に来るものは何か。航空業界にどのようなイノベーションがあり得るのか。それは著者にはわからない (わかっていたら、こんな商売はしていない)。ただし、ひとつだけ確かなことがある。
それは、今の航空業界が「合理的」だと考えていることの延長上には、進歩はあってもイノベーションはないと いうことだ。
あからさまに「合理的」なことだけやろうとしても、決してイノベーションにはならない。
そんなに「合理的」なことであれば、だれかがすでにやっているはずだからだ。
その業界に根付いている「認知された非合理」を乗り越える。ここにイノベーションと進歩の分かれ目がある。

・・・続く

※当記事は「経営センスの論理」(著者:楠木建)より一部抜粋しております。

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