著者プロフィール
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 楠木 建

一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。

DAY4 – AMAZONの戦略事例(後編)

しかし、アマゾンが身を置くインターネットの世界、もう少し限定していえば、Eコマースの業界は、航空業界とは 話が逆になる。
そもそも背景が非連続性に満ちている。インターネットという基盤技術それ自体がきわめて非連続な性格をもっている イノベーションだ。航空業界とくらべれば、非連続性を見つけることは相対的には用意だといる。

イノベーションの2つ目に本質、「顧客が受け入れてこそのイノベーション」ということをよくよく考えると、「非連続 の中の連続」——非連続性の中に一定の連続性が確保してあるということ——
ここにイノベーションの妙味というか面白いところがある。

視点を換えれば、アマゾンのやったこと(やろうとしたこと)は、一面ではきわめて保守的であり、連続性を重視して いたともいえる。

このことは見過ごされがちなのだが、アマゾンのイノベーションの妙味は、そもそも非連続的な背景があるとことに、 ある面では連続性を確保したことにある。
そこに一定の連続性があるからこそ、世界中の大勢の顧客が喜んでアマゾンのユーザーとなった。
アマゾンの意図したイノベーションは、世の中に急速に受け入れられた。だからこそ、イノベーションになり得たわけだ。
人々の目を奪うような非連続な機会があふれているときこそ、「非連続の中の連続」に目を向けることが大切になる。

アマゾンが創業した当時、インターネットは降ってわいたようなビジネス・オポチュニティだった。
インターネットという技術の非連続性にターボをかけて、ひたすら非連続的なビジネスを追及した会社も少なくなかった。
その典型例が2000年前後にたくさん出てきた「本もはや過去のもの」と考えた「進歩的」な企業家たちだ。

彼らは、「本を売る書店」という小売りのスタンスそのものがすでに過去の遺物であると考えた。
インターネットの登場で「本」(=紙に印刷された活字)というメディアは早晩駆逐される。だからまったく、非連続な メディアを考えたほうがいい。

手間のかかる在庫や物流を必要とする本よりも、データをインターネットにのせてそのまま届けたほうがよっぽど合理的だ。
しかも、コンテンツは活字だけではもったいない。
デジタル技術を使えば、映像も音声も統合したような(当時の言葉でいえば)「マルチメディア」なコンテンツこど新しい 時代の価値創造があるはずだ。

こうした考えで、「スーパー飛び出す絵本&映像&音声」のようなきわめて斬新なコンテンツやメディアをつくって売ろう とするベンチャーが雨後の筍のように現れた。しかし、そうした企業はすぐに消えてなくなった。
当たり前の話だが、顧客が受け入れなかったからだ。

こうした「マルチメディア・ベンチャー」の構想に比べれば、アマゾンのやろうとしたことはきわめて連続的だった。 売り場は確かに非連続なものではあったけれども、一歩引いてみてみると、アマゾンがやろうとしたことはただの小売業に 過ぎない。
ほとんどの人々は、相変わらず紙に印刷された本を買って読んでいた。
アマゾンはそういうインターネットのような新しい技術は非連続に生まれたとしても、それを使う人間(顧客)の方は それほど非連続には変わらない。
「あわてるな、ニーズは急に変わらない」というわけで、人間社会の需要のありようは古今東西わりと連続的だと考えた ほうがよい。単純進歩主義はここを見落としてしまう。

創業から十数年たった今でも、アマゾンのやっていることはせいぜいが「キンドル」を端末にした電子書籍どまり。
キンドルにしても機能は慎重に取捨選択され、きわめてシンプルで、これまでの紙の本の読書との親和性を重視したつくり になっている。
電子書籍の市場が広がっているとはいえ、従来通りの「本」を読む人も依然として多い。ある意味では、きわめて保守的で 連続的なやり口だといえる。
人間のニーズやユース(使用法や使用状況)が本来的にもっている連続性を忘れない。ここにアマゾンの懐の深さがある。

「できる」と「する」の間には深くて大きな溝がある。このことについての深い理解がイノベーションを成功させるうえでの ポイントとなる。
「(そういうことが技術的に)できる」ということと「(大多数の顧客がかならず)する」ということはまるで異なる。
技術的に「できる」ことが次から次へと新しく生まれる非連続な背景があるところでは、「できる」ばかりに目が向いて しまう。
その結果、顧客が実際にそれを受け入れて「カネと時間を使ってまでする(使う)」かどうかという肝心のところがない がしろにされる。

・・・続く

※当記事は「経営センスの論理」(著者:楠木建)より一部抜粋しております。

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