著者プロフィール
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 楠木 建

一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。

DAY5 – Appleの戦略事例(前編)

スマートフォンが台頭する直前の携帯電話の多機能化。これは「できる」と「する」のギャップを甘く見ていたという悪い例だろう。 確かに技術的に「できる」ことはたくさんある。
「こういうこともできる」というアイデアも次々に出てくる。
それを安直に携帯電話端末の小さなスペースに詰め込んでいく。その結果、多機能のお化けのような製品になってしまう。

しかし、ユーザーが普通の人々であることに変わりない。インターフェイスが当時の相対的に小さな液晶画面と従来の電話のボタン であれば、普通の人間が自然と「する」という骨太のストーリーが描けたのは、古い例でいうと「メール」と「写メ」、もう少し近い 例でいえば「おサイフケータイ」ぐらいだろう。

携帯電話端末の分厚いマニュアルをみると、こういう機能もある、ああいうこともできるという、「できる」のオンパレードに なっていた。
開発している当事者からしても、よもや全部の「できる」ことを多くのユーザーが実際に「する」と思っていなかったはずだ。 そこには非連続な何かもないし、連続的な人間の本性についての洞察もなかった。
これでは悪いところ取りだ。スマートフォンに多くの人々が流れたのも無理はない。

非連続な技術であっても、それが「できる」だけではイノベーションにならない。顧客がその気になって必ず「する」。
その絵が描けてはじめてイノベーションの目が出てくる。

最近のスマートフォン(iPhone)に限らず、アップルがこの10年で最もイノベーティブな企業のひとつであることは間違いない。
そのひとつの理由は、アップルほど「できる」と「する」のギャップに敏感な会社はないということにある。顧客から見て明らかに 非連続なものを提供する。
その一方で、ユーザー(=ごく普通の大衆)の側にある大いなる連続性を直視する。多くの人々があからさまにそそられ、自然と 「する」という確信が持てる製品しか出さない。
だから、必然的に製品のバリエーションは少なくなる。あれほど巨大な企業になったのにもかかわらず、アップルの出している製品を すべて並べても、大きめのテーブルに収まってしまう。

しかも、その製品に搭載する機能の取捨選択も、きわめて慎重だ。iPodと比べて、最近のiPhoneやiPadのような構造をもつ製品であれば、 技術的にはありとあらゆる機能を盛り込める。
しかしアップルは、顧客がその気になって必ず「する」という確信が持てる機能に厳しく絞り込む。
このストイシズムが製品をシンプルにする。

アップルの製品はデザインに競争優位があるということがよく言われる。これも再三指摘されていることだが、そこでいうデザインの 秀逸さはシンプルさにあるという。しかし、「シンプルなデザインが得意」なのではない。
最終的にモノに形を与えるデザイン力それ自体よりも、製品のコンセプトがそもそもシンプルなので、デザインも必然的にシンプル になる、といったほうが正しい。

・・・続く

※当記事は「経営センスの論理」(著者:楠木建)より一部抜粋しております。

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