著者プロフィール
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 楠木 建

一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。

DAY7 – イノベーションは「進化」ではない

このところ(というか、ずいぶん前からだが)「イノベーションが重要だ!」という話がやたら飛び交っている。
もちろんそれはその通りなのだが、イノベーションとは単に「新しいことをやる」ということではない。
進歩(progress)とイノベーションとはまったく異なる概念だ。近年の「イノベーション!」という議論には、 ここを混同としていることが少なくない。イノベーションを進歩とはき違えてしまうと、変な話になる。
スマートフォンがますます軽く薄くなる。画像も鮮明になる。音質もよくなる。消費電力が少なくなる。
こうしたことはすべて技術の「進歩」であるが「イノベーション」ではない。
「イノベーション」の本質は「非連続性」にある。
いまの延長上に何かを進歩させるだけでは、「連続的」に価値が向上したという話であり、「非連続性」という イノベーションの条件を満たしていない。

イノベーションの本質が非連続性にあるとしても、単に斬新なものを提出するだけではイノベーションにならない。
それが非連続であったとしても、単純に斬新なだけでは、顧客には受け入れられない。
イノベーションとは配給よりも需要に関わる問題である。
多くの人々に受け入れられて、その結果、社会にインパクトをもたらすものでなければイノベーションとは言えない。
これがイノベーションの第2の条件だ。
技術進歩は「できるかできないか」の問題であると考えるとわかりやすい。
これからますます深刻になる環境問題やエネルギー問題を考えると、電気自動車の技術進歩は社会にとってもビジネスに とっても大きなインパクトをもっている。そんなことは誰にとっても自明の事実だ。

世界初の量産電気自動車である日産のリーフは挑戦的な商品だ。こういうものを思い切って市場化した日産は偉い。
しかし、現状ではバッテリーを1回充電したときの航続距離に物足りなさを感じるという意見が多いようだ。
だからより航続距離が長い電気自動車を開発する必要がある。
一定のコストで量産できるという前提で、電気自動車の航続距離をガソリン車並みにするためには、いくつもの技術進歩が 必要になる。当然のことながら、これは難しい。
つまり、「できるかできないか」の問題であり、そうした難しい問題を克服して「できた」ときに、それは技術進歩として 実現する。
これに対してイノベーションは、「できるかできないか」よりも「思いつくかつかないか」の問題であることが多い。
難しいからできないのではなく、それまで誰も思いついていないだけなのだ。
だから、ドラッカーは言う。「『なぜこれが今までなかったんだろう』。これがイノベーションに対する最大の賛辞である」。
社会にインパクトをもたらし、人々の生活を変えるようなイノベーションほど、「言われてみれば当たり前」という面がある。

出著『ストーリーとしての競争戦略』では、戦略を因果論理でつながったストーリーとして考える視点から、優れた戦略の 基準を論じた。この本の中では、さまざまな企業の優れた戦略ストーリーの事例を使って、僕の主張を説明している。
デルやアマゾン、スターバックスといった海外の企業、ガリバーインターナショナルやマブチモーター、アスクルといった 日本企業の事例だ。

こうした優れた戦略ストーリーは、いずれも戦略のイノベーションを含んでいる。それまでその業界で支配的だった戦略を、 その延長上に「進歩」させたものではない。
いずれも高い経営成果をもたらした戦略であり、需要サイドにも大きなインパクトをもたらしている。 

こうした企業がなぜ戦略のイノベーションを実現できたのか。いずれの戦略ストーリーにも、とりたて難しい構成要素 (たとえば、ウルトラCの新技術)が含まれていたわけではない。「やろうと思えばできること」ばかりで構成された戦略だ。
それまで「やろうと思っていたけれども難しくてできなかった」という類のものではない。
誰も「思いつかなかったのである。当たり前の話だが、誰もが思いつかなかったからこそ、その戦略はイノベーションになり 得たのだ。

本日で楠木建氏による『戦略の論理7日間メールセミナー』は終了になります。
7日間お付き合い頂きありがとうございました。

※当記事は「経営センスの論理」(著者:楠木建)より一部抜粋しております。

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