著者プロフィール
プルータス・コンサルティング代表取締役社長/企業価値評価のスペシャリスト 野口 真人

1984年、京都大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。1989年、JPモルガン・チェース銀行を経て、ゴールドマン・サックス証券の外国為替部部長に就任。「ユーロマネー」誌の顧客投票において3年連続「最優秀デリバティブセールス」に選ばれる。
2004年、企業価値評価の専門機関であるプルータス・コンサルティングを設立。年間450件以上の評価を手がける日本最大の企業価値評価に育てる。これまでの評価実績件数は2000件以上にものぼる。トムソンロイターによる2014年・2015年M&Aアドバイザリーランキングでは、独立系機関として最高位を獲得するなど、業界からの評価も高い。
また、グロービス経営大学院で10年以上にわたり「ファイナンス基礎」講座で教鞭をとるほか、ソフトバンクユニバーシティでも講義を担当。目からウロコの事例を交えたわかりやすい語り口に定評がある。
著書に『あれか、これか「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門』(ダイヤモンド社)、『私はいくら?』(サンマーク出版)、『お金はサルを進化させたか』『パンダをいくらで買いますか?』(日経BP社)、『ストック・オプション会計と評価の実務』(共著、税務研究会出版局)、『企業価値評価の実務Q&A』(共著、中央経済社)など

第二話 価値と価格はどこがちがうのか? PART2

価値とは何か、価格とはどう違うのか、これをよく説明しているのが日本の昔話「わらしべ長者」である。
ある貧乏な男が観音様から「このあと、最初に手に触れたものを持って旅に出ろ」とのお告げを受ける。石につまずいて転んだ拍子に、1本のわらしべ(ワラ)を手にした男は、お告げどおりそのわらしべを片手に旅に出る。顔のまわりをうるさく飛び回っていたアブを捕まえ、わらしべの先に結びつけて歩いていると、幼い子どもを連れた女から「子どもが泣き止まないので、その面白いわらしべとこのミカンと交換してください」との提案を受ける。
それを発端に、次々と物々交換がはじまり、わらしべがミカンに、ミカンが反物に、反物が馬に、馬が屋敷に変わっていき、貧乏だった男は、とうとう大きな屋敷の主になってしまう、という物語である。

世界中にも似たようなおとぎ話があるというから、「わらしべ長者」には価値に対する根本的な洞察があるということなのかもしれない。
この物語からわかるとおり、モノの価値は人や状況によって大きく異なる。男にとっては取るに足りないわらしべも、子どもをあやしていた母親にとっては、ミカンよりも価値があった。喉の渇きに苦しんでいた商人は、上等な反物と引き換えにしてでもミカンを欲しがった。このように、ほかのモノとの交換が問題になると、あるモノとほかのモノとの価値の比較が俎上に上る。
これがマルクスが言うところの交換価値だ。モノが交換の対象にならない限り、その価値はあくまでも主観的なものだ。マルクスはそこで使用価値という概念を持ち出している。アブをくくりつけたわらしべは、男にとってほとんど何の役にも立たない(使用価値ゼロに等しい)ものだった。しかし、母子との取引においては、わらしべはミカンと同じだけの交換価値を持つことになった
このようにモノの価値とは「それを手に入れることで感じる主観的な満足度」にほかならない。
物々交換の世界はあくまでそれぞれが感じる使用価値が尺度だ。ミカンに対する商人の使用価値とは反物に比べ百倍大きい、一方、貧乏な男にしてみればミカンの使用価値より反物の使用価値のほうも百倍大きい。
したがって、この交換は二人とも百倍幸せになれるはずだ。

問題は、そう、お金から生まれたことから始まるのだ。
お金が登場したことにより、人の選択プロセスは、価値と価値との比較から、価格と価格の比較にシフトしてしまった。したがって、そこには価格と価値の乖離が発生し始めたのである。

売り手は「実際の価格よりも少しでも高く売ろう」と考えるし、買い手は「本当の価格よりも少しでも安く買おう」と考える。つまり、お互いに「これの本当の価格はこれくらいだろう」という見積もりはしたうえで、買うか買わないかを検討するわけだ。「この取引は紛れもなく損だ」と思いながら、取引をする人はいない。取引が成立している以上、お互いにどこかの点で妥協しながらも、自分が多少は得をしたと信じていることになる。
肉屋の店頭での客と店主のやりとりを想像してみよう。
売り手は「この牛肉の実勢価格は100グラム1000円くらいのだろう。本当は1500円で売りたかったけど、1200円で売れたからよしとするか」と納得している。
買い手のほうも「たぶんこの牛肉の定価は初め100グラム1500円だったけど、1200円まで値切れたし、いい買い物をしたな」などと思っている。要するに、どちらも「しめしめ、得をしたぞ」と考えているわけだが、モノの「本当のあるべき価格」、すなわち「価値」は1つである以上、必ずどちらかが価値を見誤っているということになる。

ファイナンスで定義する価値は「適正な価格」である。定価が適正である保証はないし、実際に買った値段が適正かどうかもわからない。 「適正な価格」とは「合理的な人間ならば支払うであろう対価」と考えてよい。
あなたが住んでいるマンションを売りに出すときに、あなたが5000万円で売りたいと思って売値を設定しても、だれも応じなければそれは「適正な価格」ではない。3人買い手が現れて、全員が4000万円なら出すといってきたなら、たぶん4000万円が「適正な価格=価値」に近いはずだ。
ウォーレン・バフェットの名言に「価格は支払うもの、価値は受け取るもの」があるが、正しい買い物というものは「支払う価格より受け取る価値が高い」ことを意味するのだ。ではその価値をどのように出したらいいのか、それに答えを出すのがファイナンス理論である。ファイナンス理論で考える価値の出し方は私たちの常識とはずいぶんかけ離れたものであり、それについては次回解説したい。

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