著者プロフィール
プルータス・コンサルティング代表取締役社長/企業価値評価のスペシャリスト 野口 真人

1984年、京都大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。1989年、JPモルガン・チェース銀行を経て、ゴールドマン・サックス証券の外国為替部部長に就任。「ユーロマネー」誌の顧客投票において3年連続「最優秀デリバティブセールス」に選ばれる。
2004年、企業価値評価の専門機関であるプルータス・コンサルティングを設立。年間450件以上の評価を手がける日本最大の企業価値評価に育てる。これまでの評価実績件数は2000件以上にものぼる。トムソンロイターによる2014年・2015年M&Aアドバイザリーランキングでは、独立系機関として最高位を獲得するなど、業界からの評価も高い。
また、グロービス経営大学院で10年以上にわたり「ファイナンス基礎」講座で教鞭をとるほか、ソフトバンクユニバーシティでも講義を担当。目からウロコの事例を交えたわかりやすい語り口に定評がある。
著書に『あれか、これか「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門』(ダイヤモンド社)、『私はいくら?』(サンマーク出版)、『お金はサルを進化させたか』『パンダをいくらで買いますか?』(日経BP社)、『ストック・オプション会計と評価の実務』(共著、税務研究会出版局)、『企業価値評価の実務Q&A』(共著、中央経済社)など

第三話 スターバックスがなぜ一杯2000円でコーヒーを売るのか?

今回は簡単な質問から始めてみたい。

Q:銀座で飲むコーヒーはなぜ高いのか?

コンビニの100円コーヒーが登場してからカフェ業界もかなり大変だろうが、コーヒー1杯の平均価格は300円くらいだろうか。しかし、銀座などの喫茶店では1杯1000円もざらだ。
希少なコーヒー豆を取り扱うスターバックス銀座マロニエ通り店、新宿店、表参道店では、「パナマ アウロマール ゲイシャ」というコーヒーが1杯2000円で販売されている。通常のドリップコーヒーの6倍以上の価格だ。使用されている「ゲイシャ種」はエチオピアを起源とする野生品種で、栽培が難しく収穫量も少ない。しかし、希少価値があってどんなに高額な豆なのだとしても、1杯あたりの原価ベースで考えれば、通常の「ハウスブレンド」と「パナマ アウロマール ゲイシャ」とのあいだにそこまで大きな差があるとは考えづらい。
それに原価だけでは、銀座のほかのカフェでもコーヒーの値段が高いことの説明がつかないのではないか。銀座のカフェがこぞって高価なコーヒー豆を使っているとは思えないし、やはり、何か別の原因がありそうである。
ここで賢明な人は「銀座は地価が高いから」という回答を思いつくはずだ。たしかにこれが最も自然な答えに見える。銀座はいまだに1坪1億円という日本一の地価を誇る場所である。

すると、こんなストーリーを考えたくなる。

・銀座は地価が高い
   ↓
・だから、家賃(テナント料)が高くなる
   ↓
・だから、カフェの運営コストが高くなる
   ↓
・だから、コーヒー1杯の値段も高くなる(利幅を大きくしないと赤字になる)

これはこれで非常に納得がいく考え方ではないだろうか?
つまり、コーヒー1杯の値段はコーヒー豆の原価、人件費、家賃、光熱費といったコストの総和によって決まるという理屈だ。このような価値の考え方をコスト・アプローチ(原価法)と呼ぶ。
コスト・アプローチは僕たちにとって、最も身近でシンプルな価値の評価方法である。
しかし、こんなことを言っている人を見かけたことがある。
「120円のコーラ1缶って、中身の原価は5円らしい。ひどい、ぼったくりだ!」
この原価情報の真偽のほどはさておくとしても、コスト・アプローチで考えると、こういうことは頻繁に起こる。では、価格120円のコーラには、5円の価値しかないのだろうか? そんなことはないはずだ。
さらにコスト・アプローチにはもう1つ、致命的な欠点がある。それは時価がわからないということだ。ビジネスの世界では赤字ばかり出すわけにいかない以上、価格設定の際には初期コストを回収できるような値段が意識されて当然だ。
しかし、そのときどきの値段、つまりモノの時価は、コストをもとに決まったりはしない。
たとえば、1990年の不動産バブルのときに建てられたマンションAがあったとしよう。このマンションが新築で売りに出されたときには1億円だったとする。この段階では、原価法をもとに価格が決定されたのかもしれない。

マンションAの価格=土地の値段+建築コスト+利益(販売業者などの取り分)

しかし、バブル崩壊後、近隣に同グレードのマンションBが建てられ、新築にもかかわらず5000万円で売られはじめたらどうだろうか? マンションAのオーナーは原価の1億円に固執するだろうか? やはり近隣の相場に自分のマンションの値段を合わせなければ売れないことは自明だ。つまり、モノの価値はコストの積み上げによっては、説明がつかないのである。

ここでいったん、先ほどの質問にファイナンス理論の立場から答えておこう。質問は「銀座で飲むコーヒーはなぜ高いのか?」だった。 ファイナンス理論の答えはこうだ。

[答え]銀座では高いコーヒーでも売れるから。
「なんだ、そんなことか!」と拍子抜けするはずだ。あるいは、「そんなことわかっていた」という優秀な方もいるだろう。
いずれにしろ、実はここにファイナンスの考え方の真髄が詰まっていると言っても過言ではない。少しずつ解きほぐしていくことにしよう。
まず、ファイナンスはコスト・アプローチとまったく逆の考え方をする。つまり、「銀座の地価が高いから、コーヒーが高い」ではなく、「銀座ではコーヒーが高いから、地価が高くなる」というように、因果関係が真逆なのだ。

・銀座ではコーヒーの値段を高くしても売れる
   ↓
・高いコーヒーが売れるから、ほかの場所のお店よりも儲かる
   ↓
・お店が儲かるから、お店が入るビルのテナント料が高くとれる
   ↓
・高いテナント料がとれる場所だから、地価も高くなる

では、なぜ銀座ではコーヒーの値段を高くしても売れるのだろうか?
銀座でコーヒーが高くても売れるのは、高い値段でも商品を買う「人」がいるからだ。では、なぜ銀座にはそういう人が集まるのだろうか? 東京駅からのアクセスのよさ、立ち並ぶ高級ブランド店や大手デパートや、高級レストランやおしゃれなカフェなど、銀座が人を集める要素は数多くある。
ただ、このような銀座という街のインフラだけが集客力の源泉かというと、それだけではない。もし街のインフラだけがカギなのだとすれば、東京駅から同じ距離にある茅場町や八丁堀に、銀座よりもお金をかけた商業施設をつくればいいだろう。しかし、どれだけお金をかけても、銀座のような街を人為的につくることはなかなか難しい。
では、集客力の源泉は何かといえば、それは銀座が持つ歴史や、この街が醸し出す雰囲気である。ひと言でいえば「ブランド」だ。ブランド力が銀座に人を集め、高い買い物をさせる原動力となっているのである。

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