エンゲージメントとは、社員や顧客との関係性を捉え、信頼や自発的な行動を事業成果につなげる取り組みです。人材の流動化や価値観の多様化、オンライン化、AIの進展が進むなか、施策を整えるだけでなく、現場の行動や定着、企業価値にどう結び付けるかが大企業の課題になっています。
このレポートは、2019〜2026年開催の「エンゲージメント」に関連する講演をもとに作成されています。掲載講演の関心は、全員を活かす組織づくりから顧客・社員接点のオンライン化、人的資本の可視化と実装、さらにAIを使った継続的な改善へ移りました。一貫しているのは、測定や制度整備で終わらせず、対話と行動を通じて成果につなげる問題意識です。近年は特に、AIによる状態分析や施策の優先順位付け、実施後の因果検証に関する議論が増えています。
2026年(AIファーストで再定義されるエンゲージメント経営)
2026年に企業が直面していた中心課題は、エンゲージメントを高める施策を実施しても、現場の行動や事業成果に結びつかないことです。サーベイ、研修、1on1、福利厚生などの施策は整っていても、人事部門が設計・運用するだけでは、社員が自分ごととして動きません。厚生労働省「厚生労働白書」が示す働き方や人材をめぐる課題、IPA「DX動向調査」が指摘するデータ活用の難しさは、人事領域にも共通しています。前年までの議論が心理的安全性や対話の場づくりに重心を置いていたのに対し、2026年は「施策を行ったか」ではなく、「何が行動を変え、成果に影響したか」が問われる段階に入っています。
それまでの対策で足りなくなったのは、測定後の意思決定と、現場への実装力です。調査結果を共有して終わる、イベントが一時的な盛り上がりで終わる、制度を整えても管理職や社員が使いこなせないといった問題が表面化しました。そこで企業の取り組みは、年1回の状態把握から、日々の対話や称賛、管理職の行動、キャリア自律、職場環境などを継続的に捉え、改善を繰り返す方向へ変化しています。最新の講演では、AIがサーベイの集計を効率化するだけでなく、称賛や行動のデータからリアルタイムの状態や見えにくい貢献を読み取り、人事施策の優先順位を示す存在として位置づけられています。
この変化を具体的に示すのが旭化成株式会社です。エンゲージメントをKPIとして測定するだけでなく、施策を実行し、その効果をデータで検証する因果ベースの意思決定へ進もうとしています。NTTドコモ コンシューマサービスカンパニーでは、社員が仕事の進め方や意味を自ら捉え直すジョブクラフティングをマネジメントに組み込み、実際のエンゲージメント向上につなげました。さらにアイリスチトセ株式会社は、拠点や部署の壁を越える施策に取り組み、組織内の分断をエンゲージメントの課題として扱っています。これらの事例が示すのは、成果が出る企業ほど、人事制度を配るのではなく、現場の関係性や仕事の手触りそのものを変えていることです。
複数の講演を通じて見える共通点は、エンゲージメントを「気持ちの状態」から「経営が動かすデータと行動の循環」へ再定義していることです。相互感謝、心理的所有感、キャリア・エンゲージメント、心身や金融面のウェルビーイングも、福利厚生の個別施策ではなく、自律的な行動を支える経営基盤として扱われ始めました。一方、掲載情報では改善率や生産性向上などの数値まで示される事例は限られ、成果の可視化はなお途上です。翌年は、AIによる予測や介入提案の精度だけでなく、施策が離職、活躍、事業成果へどう波及したかを説明できるデータ設計と、現場が継続的に使う運用体制が競争力を分けるでしょう。
2025年(人的資本経営を「成果責任」へ変えるエンゲージメント戦略)
2025年に企業が直面していたのは、従業員エンゲージメントを高める必要性ではなく、取り組みを事業成果へ結び付けきれない問題です。人材の流動化、価値観の多様化、AI技術の進化によって、賃金や福利厚生、研修を一律に整えるだけでは、社員が会社の方向性を自分の仕事と結び付けにくくなっています。掲載された講演では、人的資本経営について「成果に繋がらない」という悩みが示され、経営戦略と人材戦略の連動、離脱を防ぐ管理職、心理的安全性が焦点になりました。IPA「DX動向調査」でも、デジタル化を進めるうえで人材や組織の変革が課題として挙げられています。
それまでの対策に足りなかったのは、サーベイで状態を把握した後に、現場の行動や職場の関係性を変える仕組みです。エンゲージメントを測定し、施策を実施し、数値を開示する流れは整いつつありますが、経営の意図が現場に届かない、上司と部下で対話の認識がずれる、心理的安全性を個々の管理職の力量に依存するといった断絶が残ります。2024年に目立った可視化、タレントマネジメント、キャリア自律の議論から、2025年は「測った後に誰が何を変えるのか」という戦略実行の段階へ論点が移りました。
その変化を象徴するのが、理念やデータを日常の仕事に埋め込む取り組みです。富士フイルムグループは、写真フィルム事業の危機を乗り越えた企業カルチャーとパーパスを基盤に、グローバルでの浸透と、自己成長支援プログラム「+STORY(プラストーリー)」を進めています。株式会社ヤプリに関する講演では、経営の想いを情報として浸透させ、個人と組織の成長につなげる考え方が示されました。株式会社スタメンでは、心理的安全性を個人の善意ではなく仕組みで高める方向が示され、対話や行動を組織運営に組み込もうとしています。具体的な改善数値は掲載概要から確認できませんが、変えた対象は理念の伝達、成長支援、職場の関係性です。
複数の事例に共通するのは、エンゲージメントを福利厚生や満足度の問題から、経営の実行力を支えるインフラへ再定義した点です。リンクアンドモチベーションの講演では、12,870社のデータをもとに、従業員エンゲージメントを組織力の向上と人的資本経営の成果につなげる「戦略実行力」が論点になりました。また、AI×動画による研修・ナレッジ共有や、AIを活用した対話力向上も登場し、情報伝達とマネジメントの再現性を高める手段が広がっています。厚生労働省「厚生労働白書」が示す人材確保や働き方の課題とも重なり、翌年は、施策を実行したかではなく、組織行動や事業成果にどう影響したかを説明する「成果の因果」と、AI時代の管理職の役割がさらに問われる段階へ進みます。
2024年(サーベイ止まりを超える、人的資本経営の実装競争)
2024年、企業が直面していた中心課題は、人手不足や価値観の多様化が進むなかで、従業員の定着・活躍と事業成長をどう同時に実現するかでした。人的資本の情報開示が始まり、エンゲージメントは人事部門だけのテーマではなく、企業価値や生産性に関わる経営指標として扱われるようになっています。IPA「DX動向調査」でも、デジタル化を事業成果につなげる人材や組織の不足が課題として挙げられています。前年までの講演では、サーベイやタレントマネジメントによる可視化が目立ちましたが、2024年は「測った後に現場をどう変えるか」がより切実な論点になりました。
足りなくなったのは、スコアを上げるための単発施策です。調査結果を管理職へ共有するだけでは、職場の対話や仕事の進め方は変わりません。1on1を導入しても形式化し、理念やパーパスを掲げても個人の仕事と結び付かなければ、社員の共感や自発性には届きません。講演情報では、施策の効果が見えない、事業成果とのつながりを実感できない、社員が施策に抵抗感を持つといった問題が繰り返し示されています。厚生労働省「厚生労働白書」が示す雇用・働き方の変化も踏まえると、定着対策は福利厚生や環境整備だけでなく、成長実感、管理職との関係、仕事の意味まで含む体験全体の設計へ広がりました。
取り組みの方向は、①データで個人・組織の状態を細かく捉え、②管理職の対話や配置、キャリア支援に接続し、③事業成果まで検証する循環へ変わっています。日本電気株式会社(NEC)は、経営危機後の改革として多様な人材をキーポジションに登用し、人事制度を改め、「人」が主役のカルチャーへ転換しました。その結果、エンゲージメントスコアとともに業績や企業価値も向上しています。この事例が重要なのは、エンゲージメントを福利厚生や満足度の問題に閉じず、経営変革の実行力として扱った点です。株式会社日立ソリューションズ・クリエイトでは、事業部間のコミュニケーション不足に対し、従業員同士のつながりと安心して働ける職場づくりを9年間試行錯誤し、個人の幸福度と組織全体のエンゲージメント向上を目指してきました。
顧客側でも同じ変化が起きています。株式会社TBSラジオは、聴取者データの粒度を見直し、AIで分析視点を多角化し、仮説に基づくコンテンツ配信へつなげることで、放送にとどまらない事業拡大と成果向上を進めました。これは、データを集めること自体ではなく、接点ごとの反応を読み、施策を変え、事業へ返す姿勢の象徴です。2024年の共通点は、サーベイ、AI、社内コミュニケーションを別々の施策にせず、意思決定と日常行動を変える仕組みに組み込んだことです。翌年は、エンゲージメントを「高める」だけでなく、どの行動が業績・定着・顧客価値に結び付いたのかを説明できる、因果と成果の検証へ進むと考えられます。
2023年(開示元年、測る人事から動かす組織へ)
2023年、企業が直面した中心課題は、人材不足や早期離職に加え、働き方と価値観の多様化によって、従業員を一律の制度や福利厚生だけではつなぎ留めにくくなったことです。人的資本の開示が上場企業を中心に求められ、エンゲージメントは「大切な組織状態」から経営が説明すべき指標へと位置づけられました。経済産業省「人材版伊藤レポート」も、経営戦略と人材戦略の連動を課題として挙げています。一方、前年まで広がったサーベイ、1on1、研修、健康施策は、実施そのものが目的化しやすく、スコアを測っても職場の行動や事業成果に結びつかない問題が残りました。2023年の講演では、エンゲージメントを高める施策の量ではなく、データを起点に何を変え、誰が実行するかが問われています。
取り組みは、全社一律の満足度向上から、個人の状態やキャリア、現場のマネジメントを見極めて施策を変える方向へ進みました。ミズノ株式会社では、グローバル従業員エンゲージメント調査を変革の出発点に据え、海外事業の拡大を見据えた人材育成や組織づくりへ人事戦略を転換しています。単に調査結果を開示するのではなく、グローバルで得た従業員の声を、育成やサステナビリティの取り組みに接続した点が重要です。株式会社デンソーでは、全社員へのサーベイから「キャリア自律」が事業発展とエンゲージメント向上の鍵だと特定し、キャリアデザイン制度を刷新しました。さらに、キャリア自律の状態を独自の尺度で可視化し、状態に応じて施策を展開しています。成果は、調査実施の有無ではなく、データによって人事課題を特定し、制度と支援策を組み替える段階まで進んだことにあります。
もう一つの変化は、制度を整えるだけでなく、管理職と従業員の接点を変えることです。カルビー株式会社は、「全員活躍」を掲げ、管理職を支援する1on1などを進めた結果、エンゲージメントサーベイの結果向上を実現しました。この事例が示すのは、サーベイの数値を人事部だけで管理するのではなく、現場の対話とマネージャーの行動改善に結びつけることの有効性です。2023年の共通点は、エンゲージメントを福利厚生やイベントの効果測定に限定せず、経営の想い、キャリア自律、配置・育成、日常の対話をつなぐ運用基盤として捉え直したことです。翌年以降は、開示した指標の推移だけでなく、施策が離職防止、生産性、事業成果にどう影響したかを説明することが求められ、測定後の介入設計と成果検証が競争力を左右します。
2022年(測るだけのエンゲージメントから、人的資本を動かす経営へ)
2022年、企業が直面していた中心課題は、テレワークや雇用流動化によって社員との接点が薄れ、若手・中堅の離職や主体性の低下を招きかねないことでした。エンゲージメントは、単なる満足度ではなく、生産性や新規事業、企業価値を左右する経営課題として扱われ始めています。加えて、人的資本の情報開示が現実味を帯び、人事施策を実施している事実ではなく、経営戦略と人材戦略がどう結び付き、どのような変化を生んだのかまで説明する必要が出てきました。経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」も、個人の意向やキャリア、自律的な学びを重視する方向を示しています。
それまでの対策では、エンゲージメント調査、在宅勤務制度、研修、1on1などを個別に導入しても、測定後の打ち手や現場での行動変容につながりにくい点が不足していました。掲載された講演では「数値化しただけでは次の一手が分からない」「1on1が雑談で終わる」「制度を変えてもエンゲージメントが上がらない」といった問題が繰り返し示されています。前年までの主眼が、分散した職場をデジタルでつなぎ、組織課題を可視化することにあったとすれば、2022年はそこから一歩進み、社員の声や内発的動機を起点に、管理職の対話、ジョブ・クラフティング、キャリア自律、EXを組み合わせて改善を回す段階へ移りました。
この転換を象徴するのが、日本電気株式会社の取り組みです。現場マネージャーから「エンゲージメント向上のための具体的な行動を知りたい」という要望が出たことを受け、自社のエンゲージメントに関する因果関係を分析する仕組みを構築しました。その結果、2021年度のエンゲージメント割合は25%から35%へ向上しています。味の素(株)では、トップライン重視の数値計画経営から、食と健康の社会課題解決を軸にしたパーパス経営へ転換し、DXを社員一丸の取り組みとして推進しました。業績や企業価値、ブランド価値に加え、従業員エンゲージメントにもポジティブな効果が得られたとされています。ミズノ株式会社は、海外社員を含むエンゲージメントサーベイや、海外赴任後のモチベーション低下対策に着手しました。これらが示すのは、調査を「状態の確認」で終わらせず、事業変革、グローバル人材育成、個別のキャリア支援に接続することの重要性です。
複数の事例に共通するのは、エンゲージメントを人事部だけの指標にせず、経営戦略、現場マネジメント、社員の仕事 अनुभवをつなぐデータとして扱った点です。サーベイの結果を管理職の行動や対話に落とし込み、理念やパーパスを仕事の意味に変換し、個人のキャリア意向や多様性にも応答する。2022年の潮流は、福利厚生や精神論による「働きやすさ」の改善から、社員が成長実感と納得感を持って成果を生む仕組みへの再定義でした。翌年には、人的資本開示を形式対応で終わらせず、エンゲージメントデータを人材配置、組織カルチャー改革、キャリア自律の実行サイクルへ組み込む動きが、さらに本格化していきます。
2021年(テレワーク対応から、測って動かす組織改革へ)
2021年のエンゲージメント課題は、テレワークによって社員同士の接点が減り、組織の状態や個人の本音が見えにくくなったことです。雑談や偶発的な情報交換が失われ、在宅勤務者と出社者の間に情報格差が生じる一方、採用難や離職への対応も迫られました。従業員エンゲージメントは、単なる満足度ではなく、信頼や貢献意欲を含む経営課題として扱われ始めています。厚生労働省「厚生労働白書」でも、働き方の変化や人材確保は重要な課題として挙げられています。
それまでの対策は、テレワーク環境の整備やWeb会議、チャットの導入など、業務を止めないための「オンライン化」が中心でした。しかし、ツールを配備するだけでは、孤立感や帰属意識の低下、管理職がメンバーの状態を把握できない問題は解消しません。従来型の年1回の満足度調査も、結果を集めて終われば現場の行動にはつながりません。掲載情報からは、2021年に企業の関心が「働く場所を変える」段階から、「状態を継続的に把握し、対話や施策を変える」段階へ移ったことが読み取れます。IPA「DX白書」でも、デジタル技術を業務効率化にとどめず、組織や事業の変革に結び付けることが課題とされています。
その変化を象徴するのが、NECグループの取り組みです。経営トップのコミットメントの下、エンゲージメントを重要指標に置き、AIを活用しながら組織開発を進めました。3年間で60組織を支援し、11万人を対象とする組織で、当該年度のエンゲージメントスコアが大きく向上しています。この事例が示しているのは、サーベイを実施すること自体ではなく、データを起点に組織ごとの課題を特定し、現場の変化までつなげる運用が成果を左右するということです。一方、株式会社コンカーは大規模イベントをオンラインへ移行し、8,000人規模の参加機会をつくりました。参加状況や反応を分析し、コンテンツ改善やイベント後のフォローに活用した点に、デジタル接点を「配信」で終わらせず、継続的なエンゲージメントへ変える発想が表れています。
複数の事例に共通するのは、コミュニケーションを精神論で補うのではなく、データと仕掛けで再設計したことです。株式会社ブイキューブの自社事例でも、企業らしさの醸成とインターナルコミュニケーションを組み合わせ、組織文化を日常の接点に落とし込む方向が示されています。2021年の潮流は、エンゲージメントを一時的な施策ではなく、可視化、対話、改善を回す経営基盤として捉え直したことです。翌年には、この流れが人的資本経営や開示、ハイブリッドワーク、キャリア自律へ広がり、測定結果を組織改革や人材配置にどう結び付けるかが、より強く問われるようになります。
2020年(コロナ禍で変わる顧客起点のエンゲージメント)
2020年のエンゲージメントをめぐる中心課題は、顧客や社員との接点が急速にオンラインへ移るなかで、関係性をどう維持し、事業成果につなげるかでした。営業活動の制限や提案機会の減少によって、従来の訪問、対面接客、社内の偶発的な会話が機能しにくくなり、企業は「つながっているつもり」と実際の期待や不満の乖離に直面しました。経済産業省やIPAの「DX白書」でも、デジタル化を単なる業務効率化ではなく、顧客価値や事業変革に結び付けることが課題として挙げられています。2019年までの講演で目立ったのは、組織開発や社員の能力を高める対話でしたが、2020年は非接触化によって、顧客接点そのものの再設計が急務になりました。
それまでの対策では、企業が設定したブランドメッセージや販促施策を一方的に届けるだけでは足りなくなりました。顧客の行動がチャネルをまたぎ、購入前後の体験全体で評価されるためです。そこで取り組みは、顧客の声を直接聴き、行動データを捉え、商品・販促・価格・サポートを継続的に見直す方向へ変わりました。ヤフー株式会社では、服部典弘氏が顧客を想像で捉えず、直接声を聴く姿勢の重要性を示しています。株式会社ヤッホーブルーイングも、井手直行氏のファンマーケティングを通じ、顧客を受け手ではなく関係を育てる主体として捉えています。成果の数値は掲載概要に示されていませんが、顧客理解を経営や商品価値の起点に置き直した点が重要です。
この変化を仕組みに落とし込んだ事例が、UCC上島珈琲株式会社の「My COFFEE STYLE」です。実店舗とECを組み合わせたD2C事業に加え、LINE上に独自サービスを構築し、コーヒー専門会社としての知見と顧客データを活用してCX向上を目指しました。これは、単発のキャンペーンで接触を増やすのではなく、日常的に使われる場で顧客との関係を蓄積し、次の提案に生かす設計です。ヤフー株式会社や株式会社ヤッホーブルーイングの方向性と合わせて見ると、2020年の潮流は「伝えるマーケティング」から「聴き、反応し、共につくるマーケティング」への転換だったといえます。
一方、営業組織では、横山信弘氏がリモートワークやオンライン商談を前提に、リーダーの思考と行動を変える必要性を指摘しました。顧客側だけでなく社員側でも、接点不足による孤立や目標共有の難しさを乗り越え、エンゲージメントを成果に結び付ける運営が求められたのです。2020年時点で確認できる成果は、売上や離職率の改善というより、LINE、EC、データ活用、オンライン商談といった新しい接点を実装し始めた段階にあります。翌年はこの実装が、顧客体験だけでなく従業員体験、企業カルチャー、組織課題の可視化へ広がり、非対面でも信頼と求心力を保つ仕組みづくりへ進んでいきます。
2019年(採用競争が変えた、全員を経営資源にするエンゲージメント)
2019年の企業が直面していた中心課題は、人材不足のなかで採用した人を定着させ、組織全体の生産性を高めることでした。掲載された講演では、有効求人倍率が1.61倍となり、優秀な人材の確保だけでは競争力を維持できない状況が示されています。厚生労働省「労働経済白書」でも、人手不足への対応や労働生産性の向上が課題として挙げられています。従来のタレントマネジメントは、一部の幹部候補や高業績者に焦点を当てがちでしたが、採用が難しい環境では、在籍する全従業員の力を引き出せるかが経営課題になりました。
それまでの対策で足りなくなったのは、エンゲージメントを測ることと、個別の研修・福利厚生を用意することの間をつなぐ仕組みです。社員の声や企業文化がGlassdoorやOpenWorkなどを通じて外部からも見えるようになり、企業ブランドだけで人を惹きつけることは難しくなりました。調査で状態を把握しても、現場の対話や仕事の進め方が変わらなければ、従業員の納得感や行動には結び付きません。2019年の議論は、満足度を高める施策の追加ではなく、企業と従業員の関係そのものを設計し直す方向へ進みました。
変化を象徴するのが、対象を一部の人材から全従業員へ広げる「できる化」です。ワークデイ株式会社、株式会社ニトリホールディングス、楽天株式会社が参加した講演では、従業員のエンゲージメントとエンパワーメントを高め、個々の能力を経営戦略に結び付ける考え方が示されました。株式会社ニトリホールディングスの組織開発室という専管組織の存在は、個人の意欲を現場任せにせず、組織開発のテーマとして扱う動きを示しています。楽天株式会社では、チーフウェルビーイングオフィサーという役割が置かれており、心身の状態や働く体験を経営の論点に引き上げています。数値成果は掲載概要から確認できませんが、従業員価値を人事施策ではなく経営資源として扱う点に成果の基盤があります。
もう一つの重要な変化は、情報を一方的に伝える社内広報から、社員が参加し対話する仕組みへの転換です。株式会社ニューズピックスの事例では、大組織でエンゲージメントを継続的に高める手段として社内メディアが位置付けられています。これは、調査結果を人事部だけが保有するのではなく、経営の考えや現場の知見を共有し、社員同士の理解を積み重ねる発想です。2019年の潮流は「測る」「選抜する」から「全員を活かす」「対話で動かす」への移行でした。翌年以降は、こうした従業員体験や社内コミュニケーションを、オンライン環境やデータで継続運用し、成果との関係まで検証することが求められていきます。
全体を通じて、掲載情報ではエンゲージメントを満足度や福利厚生の問題から、経営戦略と現場の行動をつなぐ基盤へ位置付け直す構図が見られます。社会環境の変化に応じて、議論の中心は接点の維持、状態の可視化、人的資本経営の実装、AIによる成果検証へ移っています。
※登壇者の氏名・所属・役職は講演開催当時の情報です。現在の所属・役職とは異なる場合があります。
※本レポートは、ビズスタに掲載された「エンゲージメントの成功事例」をテーマにした講演情報を元に傾向を分析しています。
※市場環境の参照:厚生労働省「厚生労働白書」、IPA「DX動向調査」、経済産業省「人材版伊藤レポート」、経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」、IPA「DX白書」、厚生労働省「労働経済白書」
編集者:ビズスタ市場調査チーム